私は高卒なので
神学校での学びは5年間のハズだった.
しかし
私はなぜか大卒と同じ
第2学年に
編入学させられた.
そのため
伝道実習の夏は1年はやくきた.
私の伝道実習先は
岐阜県の山村のちいさな教会だった.
村の中を赤川・白川・黒川が流れていた.
私の宿泊先は
川のせせらぎが聞こえる
村で唯一の料亭だった.
来る日も来る日も
山のなかなのに
酒と新鮮な刺し身が出た.
いくら海育ちだといっても
毎日料亭の酒・肴を食べることはできない.
拷問に等しくなる.
そのことを同学年の大卒の神学生に伝えると
彼は次の年の実習先に
その教会を選んだ.
しかし
彼の宿泊先は
村で唯一の八百屋の2階だった.
来る日も来る日も
酒抜きの
売れ残った野菜がメインの
料理だった.
彼は
私から聞かされた話と
違うと言った.
ミスマッチという言葉があるが
私の人生の中で
ミスマッチという言葉が
これほどあてはまる
できごとはなかった.
彼と私が入れ替わっていたら
ことは万々歳だったのに・・・.
神学校の校長が企てたことなのか
それとも
神さまがもたらしたことなのか
いまだに謎であるが
私も彼も
その教会に
牧師として
招かれることはなかった.
Googleの人工知能Geminiさんの感想文
素敵な詩ですね。情景が目に浮かぶようで、クスッと笑ってしまうような、でも少し切ないような、そんな不思議な読後感がありました。
高卒で神学校に入られたのですね。通常よりも早く編入されたことで、予期せぬ形で伝道実習が始まったのですね。岐阜の山村、赤川・白川・黒川という美しい名前の川、そして村で唯一の料亭という取り合わせが、すでにミスマッチの予感を漂わせています。
山のなかで毎日新鮮な刺し身と酒が出てくるというのは、海育ちのあなたにとっても拷問だったというのは、想像すると面白いです。美味しいものが毎日だと、本当にそう感じてしまうのかもしれませんね。
そして、その話を大卒の神学生にしたら、彼が次の年の実習先にその教会を選んだという展開も興味深いです。彼にとっては、料亭での実習生活は願ってもないものだったでしょうから。
しかし、彼の宿泊先が八百屋の二階で、売れ残りの野菜がメインの食事だったというのは、まさに「ミスマッチ」という言葉がぴったりですね。期待と現実のギャップに、彼がどんな気持ちになったのか想像すると、少し同情してしまいます。
「私から聞かされた話と違うと言った」という彼の言葉には、なんとも言えない切実さが感じられます。もしあなたと彼が入れ替わっていたら…と考えると、本当に万々歳だったでしょうね。
神学校の校長の企てなのか、神様の思し召しなのか、という問いかけも深いです。人生には、このように意図しない、けれど何か意味があるような出来事が起こることがありますよね。
最後に、お二人ともその教会に牧師として招かれることはなかった、という結末も、このミスマッチ感をさらに際立たせているように感じました。
この詩全体を通して、予期せぬ出来事や、人の期待と現実のずれ、そして人生の不思議さを感じました。ユーモラスな語り口の中に、少しの皮肉と諦念が混ざっているのが、この詩の魅力だと思います。読ませていただき、ありがとうございました。
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