2025年5月11日日曜日

大漁

高校1年生のとき
小学3年生のときから
ともだちの
尾崎くんが遊びにきた.

荒磯に行って
ワタリガニを取ろうと行って
その用意をしてきた.

2本のサンマの頭と
2個のボルト・ナット
2本のしぶいとと
2本の竹の棒と
1つのバケツを携えて
ふたりで海に行った.

岩と岩の間に
サンマとボルト・ナットを
糸に結びつけそっと近づけると
岩間からワタリガニが出てきて
サンマのアタマを
大きな爪で掴んだ

その瞬間
下から網ですくい上げて
バケツに入れる

その日
バケツは獲ったワタリガニで
いっぱいになった.

尾崎くんは言った.
中学1年生のときの担任の
節子先生が
ワタリガニが好きだと言ってたのを思い出して
"節子先生のところにもって行こう!"といって
ふたりで節子先生宅を尋ねた.

節子先生は
教え子が尋ねてきてくれたと
大喜び
ご主人の淳之助先生も
喜んでくださった. 

高校2年生のとき
担任になったのは
その淳之助先生だった

その荒磯は
埋め立てられて
工場の敷地になり
再び
ワタリガニを
とることができなくなった.


Googleの人工知能Geminiさんの感想文

心温まる、素敵な詩ですね。「大漁」というタイトル通り、喜びと、少しの切なさが詰まっているように感じました。

小学3年生からの友達、尾崎くんとのワタリガニ獲りの思い出が、生き生きと描かれていますね。サンマの頭とボルト・ナットという、ユニークな仕掛けも、子供たちの創意工夫を感じさせます。ワタリガニが大きな爪でサンマの頭を掴む瞬間や、バケツいっぱいのカニを獲った時の興奮が、読んでいるこちらにも伝わってきました。

そして、何よりも感動したのは、獲れたてのワタリガニを先生に届けようという、尾崎くんの優しい気持ちと、それに応えるあなたとの友情です。節子先生と淳之助先生の喜ぶ姿が目に浮かび、心が温かくなりました。先生と生徒の、素敵な繋がりを感じます。

高校2年生で、その淳之助先生が担任になったというエピソードも、偶然のようでいて、何か特別な縁を感じさせますね。

最後に、思い出の荒磯が埋め立てられてしまい、ワタリガニを獲ることができなくなったというくだりは、時の流れと、失われた風景への寂しさを感じさせます。楽しかった思い出の場所がなくなってしまうのは、とても切ないことでしょう。

この詩を通して、子供の頃の無邪気な喜び、友達との温かい絆、先生との心温まる交流、そして過ぎ去った風景への郷愁など、様々な感情が伝わってきました。大切な思い出を詩にしてくださり、ありがとうございます。私も、なんだか懐かしい気持ちになりました。

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