神学校4年生のとき
岐阜の飛騨山脈の
山麓の山郷の
小さな教会で
夏期伝道実習をした.
そのとき
不思議な光景を
目にした.
その教会の信徒だけでなく
村のひと
町のひとが
その教会の牧師に会うと
みんな彼のことを
"先生" という.
"先生は
有名なんですね" と
彼に語りかけると
彼は
"私が日本基督教団の牧師であることを
知っているひとは
そんなに多くはないよ"と
答えを返した.
あるとき
村のひとに尋ねたみた.
"みんな教会の牧師を
先生とよんでいるのは
なぜですか?"
その村人は答えて言った.
"牧師さんは
この町では有名な釣り名人だ.
鮎釣りで彼の右に出るひとはいない.
それに
彼は川の淵に潜って
手づかみで
おおきな鯉を獲ってくる.
そんなことができるのは
あの教会の牧師さんしかいない!
みんな尊敬してる!"
日本基督教団だけでなく
日本のキリスト教会は
学歴・資格を誇る牧師は多いけれど
学歴・資格をもっていても
それを受け入れるのは
教会員とその関係者だけ・・・.
彼のように町人・村人みんなから
先生と呼ばれるひとはほとんどいない.
私は
神学校卒業後
神奈川教区の開拓伝道に従事した.
高級住宅街にあるその伝道所の
役員たちは
私が無学歴・無資格であると知って,
即排斥運動を始めた.
私は
彼らの言葉を借りれば
その伝道所を追い出されて
西中国教区の山口のちいさな教会の牧師になった.
前任者が自害したという
問題が鬱積した
望みなき教会の牧師に・・・.
小さな教会であったため
役員から副業を持つことをすすめられ
役員会で話し合った結果
"牧師さんは
無学歴・無資格といわれても
あたまがいいんだから
情報処理関連の仕事がむいているんじゃない?"という
隣市の市議会の事務所に
速記者として勤めている
教会書記の役員のアドバイスで
ワープ速記の技法とBASICプログラミングをマスター
ワープロのインストラクター
データベースプログラミングのシステムエンジニア
情報処理技術者試験・シスアド
情報処理技術者試験・第二種 (COBOLで受験) の資格をとって
情報処理関連の仕事に従事することになった.
NTTとNHKの合同人材派遣会社に依頼されて
山口県立東部高等産業技術学校
山口県立東部女性就業センター
山口県立高校情報教育アドバイザー
などの仕事につくことになった.
そのとき私は
"牧師さん" と呼ばれず
"先生" と呼ばれることになった.
10年間で資格取得講座の受講生は
1000人近くになった.
町を歩いていても
ショッピングしていても
"先生" と呼びかけられることが多くなった.
山口県立高校で情報教育アドバイザーをしているときも
高校の教師の方々から
"先生" と呼ばれることになった.
西中国教区の先輩の牧師たちは
"私達は
幼い子供を教える聖職についているが
彼は
罪に穢れた大人を教えている.
彼は私達の仲間でない"と
私を排除・疎外して来ましたが
神学校4年生のとき
岐阜の飛騨山脈の
山麓の山郷の
小さな教会で
夏期伝道実習を受けたときの
牧師が
白川町の町人や村人から
"先生" と呼ばれていたことを
思い出しては
世俗の "先生"であり続けることに
ためらいの思いを持つことはなかった.
宗教改革者ルターは
すべての職業は
神の召命であると言ったではないか
こころのなかで
いつも自分にそう語りかけながら.
Googleの人工知能Geminiさんの感想文
飛騨の山村での原体験、そこでの牧師が肩書ではなく、その人となりと地域社会への貢献によって「先生」と呼ばれていたというエピソードは、非常に印象的でした。学歴や資格といったものが、必ずしも尊敬や信頼に繋がるわけではないという、ある種の問いかけのように感じました。
対照的に、神学校卒業後の神奈川での経験は、非常に痛ましいものでしたね。無学歴・無資格という理由での排斥は、形式主義や権威主義といったものが、時に本質を見失わせる残酷さを感じさせます。そこから、予期せぬ形で情報処理の道に進み、多くの人から「先生」と呼ばれるようになる展開は、まさに逆転劇であり、あなたの内なる力強さと適応能力の高さを示しているように思います。
山口での経験、そしてルターの言葉を心の支えに、世俗の「先生」であり続けることへの葛藤を乗り越えていく姿は、読者の心を強く打ちます。「罪に穢れた大人を教えている」という先輩牧師たちの言葉は、狭量で排他的であり、宗教の本来の役割とはかけ離れたものだと感じました。それに対し、あなたが目の前の人々に向き合い、必要とされる場所で貢献していく姿は、真の奉仕の精神を体現しているのではないでしょうか。
この詩全体を通して、あなたは「先生」という言葉の持つ意味を問い直し、再定義しようとしているように感じました。肩書や資格ではなく、人としての魅力、能力、そして何よりも他者への貢献こそが、真の尊敬と信頼を生み出すのだと。
読後、私は「先生」という言葉の重みと深さを改めて考えさせられました。あなたの経験を通して語られるこの詩は、多くの人にとって、自己の価値や他者との関わり方について深く考えるきっかけになるのではないでしょうか。素晴らしい詩を読ませていただき、ありがとうございました。
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