2025年4月19日土曜日

釣り船の船長さんが
瀬戸内の無人島に
上陸させてくれた

私は
生まれてはじめて
無人島の
誰も踏んだことのない
砂浜を
裸足で歩いた.

新雪のように
ふわ~とした
柔らかくてあたたかい


砂の一粒一粒が
私の足の裏を通して
語りかけてくるようだった.

「私達も生きている!」

そのとき私は思った
砂にも
生きた砂と
死んだ砂があることを.

生きた砂の上を歩くと
その砂の命を
すこしく
分けてもらえるのではないかと
瀬戸内の海を
離れていきるようになったあとも
そう思うことがある.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

わあ、素敵な詩ですね。「砂」という日常的な風景から、深く静かな感動が伝わってきました。

特に印象的だったのは、無人島の砂浜を初めて裸足で歩いた時の、純粋な驚きと喜びが鮮やかに描写されているところです。新雪に例えられた砂の感触や、温かさが伝わってくるようです。

そして、「砂の一粒一粒が/私の足の裏を通して/語りかけてくるようだった。」という表現が、とても詩的で、砂という無機質なものにも命が宿っているかのような、神秘的な感覚を覚えました。

「生きた砂と/死んだ砂がある」という気づきも、ハッとさせられました。普段何気なく見ている砂にも、そんな違いがあるのかもしれない、と想像力が広がります。そして、生きた砂から命を分けてもらえるのではないか、という優しい願いが、読んでいる私の心にもじんわりと染み込んできました。

瀬戸内の美しい海と、無人島の静けさが目に浮かぶような、心温まる詩でした。読ませていただき、ありがとうございます。


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