2025年5月31日土曜日

損得勘定

教会は
人生よろず相談所

日本基督教団西中国教区の牧師をしていたとき
教会役員が
礼拝後
ひとりの婦人を連れてきた
ある会社の社長婦人.

息子さんが
山口県立徳山商業高校に入りたがっているが
成績が悪く
進路面談のときに
合格不可能といわれ
私立高校に進学するように言われたという.

塾にやっても
家庭教師をつけても
成績がのびない息子さんの
願いを適えてやりたいと
一縷ののぞみをもって
牧師である私のもとにやってきた.

小数点や分数の計算もできないという.

とりあえず
私はその息子さんを連れてくるように言った.
おかあさんはすぐ息子さんを連れてきた.

私は彼に尋ねた.
"すべての科目の成績を上げるのは
むずかしいが
ひとつひとつ成績を上げることはできる.
5科目のうちどの科目の成績をあげたい?" と尋ねると
彼は
"社会科がすきだから
社会で100点をとってみたい" と言った.

それで 
中間テストまでの2週間
毎日教会に通ってもらうことにした.
試験勉強に使うのは
社会科の教科書だけ.

私の特訓に耐えた彼は
いつも30から40点しかとれなかった社会科で
90点をとった.

急に成績があがったことに不信感をもった中学校教師は
彼の席の前後左右の生徒の成績を調べた.
カンニングしたのではないかと疑ったからだ.

しかし
彼の成績は周囲の誰よりも良かった.

それで中学校教師は
どうして成績が伸びたのか
彼を職員室に呼んで聞きただした.
しかし
彼は成績が上がった理由を
その教師にひとことも話さなかった.

それで中学校教師は
おかあさんを呼びつけて
その理由を聞きただした.

おかあさんは
"キリスト教会の牧師さんに
この2週間勉強を見てもらったんです.
次回の期末テストには社会だけでなく
数学の成績もあげさせてくれるそうです"と答えた.

私は
彼に小学校の算数の教科書と
中学1年・2年の教科書を持ってくるように言った.
そして
小学生の算数から
学び直しを始めた.

彼の学習速度ははやく
あっという間に小数点と分数の計算ができるようになった.

"20cm長さの羊羹を3人の兄弟で等しく分けるには羊羹を何センチに切り分ければいいか" という問いに
彼はすらっと答えた.

私は彼に
"他の問題は解くことができないのに
なんでこの問題を解くことができるの?"と尋ねると
彼は答えた.

"だって間違ったら損をするから・・・" 

それで私は思った.
男の子は
中学校の数学の問題は解けないけれど
日常生活における損得勘定の計算はできるのだと.

それで私は
彼を指導するとき
損得勘定で教えることにした.

数学の時間と距離の問題も
正解しないと損につながること.
国語の文章問題も
正解しないと
商売をするときの契約書の意味を理解しないで契約することにつながり
あとで大損をすることになると.

彼は
損得勘定で計算すると
一次方程式の応用問題も解けるようになった.

期末テストで75点をとった.

そのときも
彼のおかあさんは中学校教師に呼び出された.
そして言われた.
"高校入試の日まで
ずっと牧師さんに勉強をみてもらってください.
このまま成績がのびると
山口県立徳山商業高校に合格可能です" と.

"三角形の図形問題が解けるようになると
20cm長さの羊羹を3人の兄弟で等しく切り分けることができるようになる"と
図形を使ってその問題を解く解き方を教えると
彼は目の色を変えて
中学校の図形問題にも熱心に取り組むようになった.

私は
おかあさんに言った.
"あなたはいい息子さんをお持ちですね.
会社の社長をされているおとうさん譲りの
商売と経営の
天賦の才能をもっていますね.
とても
あたまのいい子です." 

彼は
高校入試のとき
第一希望の山口県立徳山商業高校に合格
入学することができた.

彼は
晴れて
おとうさんの経営する会社の後継者に
名乗りを上げることができた.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

大変興味深く、感動的な詩を拝読しました。お聞かせいただきありがとうございます。

感想:人の本質と教育の可能性を深く描く詩

この詩は、単なる一人の生徒の成績向上物語に留まらず、人間の本質、特に「損得勘定」という根源的な動機が学習にいかに大きな影響を与えるかを見事に描き出しています。そして、それを引き出した牧師である「私」の教育者としての洞察力と献身に深く感銘を受けました。

詩が伝えるメッセージ

  • 「損得勘定」という人間の本質: 詩の中で最も印象的だったのは、数学の問題は解けなくても、日常生活の「損得」に関わる計算はできるという少年の言葉です。これは、私たちが「勉強」という枠組みの中で見落としがちな、人間の根源的な学習意欲や問題解決能力の源泉を示唆しています。利益や不利益が直接的に関わることには、人は驚くほどの集中力と理解力を発揮する、という真実が突きつけられます。
  • 教育の多様性と可能性: 「私」が少年の「損得勘定」という特性を見抜き、それを学習指導に活かしたことは、画一的な教育の限界と、個々の生徒に合わせた指導の重要性を浮き彫りにしています。型にはまらないアプローチが、不可能と思われた合格を可能にした事実は、教育の無限の可能性を教えてくれます。
  • 信頼関係の構築と献身: 牧師である「私」が、成績不振の少年とその母親に寄り添い、真摯に向き合う姿は、教育における信頼関係の重要性を物語っています。毎日教会に通わせ、根気強く指導する「私」の献身的な姿勢がなければ、この奇跡は起こりえなかったでしょう。
  • 自己肯定感の育み: 周囲から「合格不可能」と言われた少年が、努力と適切な指導によって成果を出し、最終的には第一志望の高校に合格できたことは、彼の自己肯定感を大きく育んだに違いありません。これは、学力向上だけでなく、人間形成においても極めて重要な経験です。
  • 教会の新たな役割: 詩の冒頭にある「教会は人生よろず相談所」という表現が、物語全体を通して実感できます。単なる信仰の場としてだけでなく、人生の様々な困難に直面した人々に寄り添い、具体的な解決策を共に探す場所としての教会の役割が示されており、非常に新鮮な視点でした。

詩の表現について

簡潔な言葉で、情景と登場人物の心情が丁寧に描かれており、読み手の心に深く響きます。特に、少年の「だって間違ったら損をするから・・・」という一言は、詩全体を象徴するキラーフレーズだと感じました。また、中学校教師の不信感、その後の態度の変化など、リアリティのある描写が物語に深みを与えています。

この詩は、教育に携わるすべての人、そして子育てをするすべての人に、多くの示唆を与えてくれる素晴らしい作品です。少年の成長と「私」の深い愛情が伝わってくる、心温まる物語でした。

教育的配慮

山口県立東部産業技術学校の
服飾ファッション科の生徒に
ワープロを指導していたとき
ブラインドタッチを
既にマスターしている生徒がいた.

その子に
"君はセンスがいいね.
ワープロ検定は
3級ではなく2級でもすぐ
合格できる!" と
話したところ
その女の子は
ケラケラと笑い出した.

"吉田先生
それは間違いです.
私は県立某商業高校で
ワープロ習ったのですが,
担当の教師から
センスがないといって
受験すらさせてもらえなかったんですよ"

私は
"商業高校の先生が間違っている.
あなたは
すでにワープロをマスターしてる." と語りかけると

私のすぐ後ろでその話を聞いていた
服飾ファッション科の
藤井先生が語りかけてきた.

"吉田先生
今の話ほんとうですか?"
私が
"ほんとうです!" と断言すると
藤井先生は
"この子には
ワープロ検定の3級ではなく
2級を受験させます.
すぐ手続きを変更してきます"と言って
教室を離れた.

試験官の情報ビジネス科の教師から
"情報ビジネス科の生徒ですら
ワープロ検定2級の合格は難しいのに
服飾ファッション科の生徒が
合格できるはずがない"と言われた藤井先生,
"吉田先生が2級に合格すると断言されたので
2級を受験させてください"と
くいさがって了承をとってきた.

その商業高校を卒業すると同時に
服飾ファッション科に入ってきた
その女の子
ワープロ検定2級に1度で合格した.

私は
合格後
その女の子に語りかけた.
"君はデザインも上手だね.
パソコンを使った
コンピュータグラフィックを
習ったほうがいい.
君はいい服飾ファッションの
デザイナーになることができる!" 

そのとき
その女の子は笑わなかった,
うれしそうにうなづいた.

私は思った.
山口県立某商業高校の教師は
その女の子の才能を知って
パソコンが使える単なる事務員のまま
終わらせないで
その女の子が服飾ファッションデザイナーとして
その女の子にあった職業につくことができるよう
あえてワープロの検定試験を
受験させなかったのではないかと.

教育的配慮の
真偽のほどは
わからないけれど・・・.


Googleの人工知能Geminiさんの感想文

詩を拝読しました。とても心温まる、そして考えさせられる作品ですね。

感想

この詩は、一人の生徒の可能性を信じ、その才能を開花させた教育者の姿を描いています。特に印象的だったのは、以下の点です。

  • 「センスがない」という言葉の呪縛からの解放: 商業高校の教師から「センスがない」と言われ、受験すらさせてもらえなかったというエピソードは、言葉の持つ力、特にネガティブな言葉が生徒に与える影響の大きさを浮き彫りにしています。それに対し、吉田先生が「君はセンスがいいね」「商業高校の先生が間違っている」と断言することで、生徒の心を解き放ち、自信を与えた様子が感動的です。

  • 藤井先生の行動力: 吉田先生の言葉を信じ、すぐにワープロ検定2級の受験手続きを変更し、さらには試験官の反対を押し切ってまで生徒の可能性を追求した藤井先生の行動力には感銘を受けます。これは、教育者が生徒の未来を真剣に考えているからこその行動であり、その熱意が伝わってきます。

  • 最後の示唆に富んだ考察: 詩の最後に、商業高校の教師があえてワープロ検定を受験させなかったのではないか、という「教育的配慮」についての考察が提示されているのが非常に興味深いです。一見すると生徒の可能性を閉ざしたように見えた行動が、実はより大きな視点からの「配慮」であったかもしれない、という多角的な視点は、教育の奥深さを感じさせます。

詩から伝わるメッセージ

この詩からは、**「教育とは、目の前の生徒の可能性を最大限に引き出し、その子が最も輝ける道を見つける手助けをすることだ」**という強いメッセージが伝わってきます。表面的な評価だけでなく、生徒の内面に眠る才能を見抜き、信じ、そして具体的な行動を促すことの重要性を教えてくれる作品だと感じました。

生徒さんが喜んで頷いた最後の場面は、先生の言葉が生徒の未来を切り開く大きな一歩となったことを示しており、読後感も非常に清々しいです。

素敵な詩を読ませていただき、ありがとうございました。

2025年5月29日木曜日

人生相談

神学校を出たあと
日本基督教団神奈川教区の
開拓伝道に従事した.

そのとき
ひとりの青年が
人生相談にやってきた.

彼は
神奈川の有名私立校出身で
その年
東京大学入試に合格
晴れて東大生になったばかり

彼は話した,
"東大に入ってきた地方出身の学生は
それぞれの新しい目標実現に向けて
喜々として学びをはじめているが
東京都とその周辺の有名私立高校で
東大合格だけを目標に勉学してきた学生は
その目標が達成されると
'これからなにをするばいいのか?'
新たな目標を見出すことができない"

彼は
東大合格だけを
至上命令とする有名私立高校出身者は
彼と同じ状況に置かれたものが
少なくないと言う.

彼は
"牧師さんは
どこの大学をでたのか"と問いかけてきた.

私は
"大学受験の前
父が脳梗塞で倒れ
母も病弱
弟も小学生だったので
大学進学を断念した.

私は
無学歴・無資格である" と伝えた.  

彼は
"どこの大学を受験する予定だったのですか?"と
問いかけてくるので
ありのまま答えた.

"京都大学の哲学科です, 
京都大学のなかで
一番入りやすい大学です.

模擬テストで
倫理社会と政治経済の2科目と地学1科目で
ほとんど満点に近い成績をとることができましたから"と答えた.

彼は
"家庭教師をつけられたり
進学塾にかよわせられたりしたのですか?" とさらに問いかけてきた.

私は
"両親が病気と貧困に苛まれていたので
そういう機会はあたえられませんでした." 

彼は
"京都大学哲学科に入るという
目標を達成できなくて
どうしたのですか?" とさらに問いかけてきた.

私は
"高校の進路指導の教師が
京都大学の哲学科を出ても
高校の教師にしかなれない.
進学先を考え直せ!" と言われ
"一生清貧生活をすることを
甘んじて受け入れることを決心しているなら
京都大学合格必勝法を
教えてあげよう"といって
京大哲学科合格の受験指導を受けた.

なぜ
京都大学哲学科で学びたかったのか
それは
高校2年生の正月に
めずらしく父からもらったお年玉で
人文書院の"哲学大系"全巻を買って通読した.

その本の各論文を執筆した哲学者は
京都大学出身の哲学者たちだった.

京都大学を出た
澤瀉久敬という哲学者は
その"哲学の哲学"という
短文の中でこのように言った.

"哲学する者は
精神的遊戯を楽しむのではなく
生きる苦しさに圧しつぶされて
呻吟しながら
思索するのである・・・

哲学は
存在と知性の
喰うか喰われるのかの
血みどろの戦いである.

自暴自棄せず
自殺せず
あくまでも存在を理解しようとする
強靭な魂が
哲学的精神である.

世界の中に包含された人間は
哲学者として
その世界を理解しようとするのである・・・

哲学は万人の学である,
哲学するには
地位も肩書も必要ではなく
貧富の差も
男女の別も
職業のいかんも問われない.

哲学は
人間が人間として
裸一貫で行うのであり
だからこそ
すべての人が
哲学し得るのである・・・.

哲学は万人の学であると共に
万人にひとりもなし得ない学問である.
しかし各人その分に応じて哲学しなければならない.

それこそ
人間として生きるということだからである" 

京都大学哲学科に進学をゆるされなかったといって
たかがそれだけの理由で
哲学を学ぶことを
断念することはできなかった, と話した.

"独学を続けて
高校教師にすらなれなかったけれど
日本基督教団の牧師をしている.

あなたは
恵まれた環境で教育を受け
晴れて東京大学に合格したのだから
それを大切に
生きてほしい.

大学で学びたいと思っても
それを許されなかった多くの人がいるのだから.

"無学歴・無資格の無名の一牧師が
東京大学の学生にアドバイスできることではないが
教育には2通りある,
ひとつは他者から受ける教育
もうひとつは自分で自分を教える教育
あなたは十二分に '他者教育'を受けてきたのだから
これからは それにあわせて 
'自己教育' を大切にしたほうがいい. "

人生相談にやってきた
東京大学の新入生
私のところにもってきた問題そのものを
私のもとにおいて
笑顔で帰って行った.

私は無学歴・無資格の牧師は
高学歴・高資格の人々ばかりが住む
高級住宅街の教会の牧師にふさわしくないといって
神奈川教区の開拓伝道から追放されることになったので
彼と
再び出会うことはなかった.

しかし
いつまでたっても
彼のことを忘れたことはない・・・.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

素晴らしい詩を拝読しました。若き日の牧師様と東大生の交流、そして哲学への深い思いが、とても丁寧に描かれていますね。

感想
この詩からは、いくつかの強いメッセージが伝わってきました。

学歴や肩書きを超えた「生きる知恵」
東大生が抱える「目標喪失」という悩みに、牧師様がご自身の経験を交えて語る言葉は、学歴や肩書きがなくても人は深く学び、成長できるということを教えてくれます。特に、「無学歴・無資格」であることを包み隠さず伝える牧師様の姿は、真の人間力が試される場面での清々しさを感じさせます。

哲学への情熱
京都大学哲学科への深い憧れ、そして澤瀉久敬の哲学に対する考察は、まさに魂の叫びのように響きます。「哲学は万人の学である」という言葉は、私たち一人ひとりが人生の意味を問い、生きる苦しみと向き合うことの重要性を強く示唆しています。牧師様が、たとえ希望の道に進めなくとも哲学を学び続けた姿勢は、学問への純粋な探求心と、人生に対する真摯な態度を感じさせます。

教育の二面性
「他者から受ける教育」と「自分で自分を教える教育」という牧師様の言葉は、現代社会においても非常に示唆に富んでいます。既存の教育システムの中で得られる知識だけでなく、自ら問い、考え、学び続ける「自己教育」の重要性を、改めて考えさせられます。特に、目標を達成した後の虚無感に悩む東大生にとって、この言葉は新たな視点を与えたことでしょう。

全体を通して
牧師様が伝道から追放されるという結末は、世間の評価と真の価値観との間に存在する矛盾を浮き彫りにしています。しかし、牧師様が東大生との出会いを「いつまでたっても忘れたことはない」と締めくくっていることから、この出会いが牧師様自身にとっても大きな意味を持っていたことが伝わってきます。学歴や社会的な成功だけでなく、人との出会いや心の交流が、人生を豊かにする上でいかに大切であるかを感じさせる、心温まる一方で考えさせられる作品でした。

この詩を読ませていただき、私も改めて「生きる」ことの意味や、学び続けることの大切さについて考えさせられました。この詩は、どのような背景で書かれたのでしょうか?もしよろしければ、詩に込めた思いや、書かれた当時の状況など、お聞かせいただけたら嬉しいです。

私:
神奈川教区の開拓伝道所の礼拝に出ていた,キリスト教主義教育のフェリス女学院で高校の教師をされている横浜国立大学出身の方は地元の出身ですが, 新興住宅地となった彼の家のまわりには東大・京大・慶応大学出身者ばかりが他所から移り住んできて, 国立二期校である横浜国立大学出身の彼は, 彼らから排除・疎外されていると話していました. 学歴があっても学歴差別が日常茶飯事で行われている場所での特異な経験でした.

Geminiさん:
そのようなお話をお聞かせいただき、ありがとうございます。学歴社会の厳しさ、そしてそれがもたらす人間関係の複雑さを改めて感じますね。

学歴とコミュニティの葛藤
横浜国立大学出身の教師の方の経験は、非常に特異でありながら、学歴が単なる「知識の証」ではなく、社会的な「所属」や「階層」を示す記号として機能してしまう現実を浮き彫りにしています。

特に、高級住宅街という閉鎖的なコミュニティにおいて、「東大・京大・慶応大学出身者ばかり」という環境は、特定の学歴を持つことが一種の「共通言語」や「入会資格」のように扱われる状況を生み出しやすいのかもしれません。その中で、たとえ地元の出身者であっても、「二期校」というレッテルによって「排除・疎外」される感覚を味わうというのは、非常に辛い経験だったことでしょう。

学歴差別の根深さ
これは単なる学歴の優劣ではなく、「共通の価値観や経験を共有できない者」という認識からくる差別とも言えます。同じような学歴を持つ者同士で形成されるコミュニティは、排他的な側面を持つことがあり、「学歴があっても学歴差別が行われる」という矛盾は、まさにその根深さを示しています。

この教師の方の経験は、牧師様が詩の中で語られた**「無学歴・無資格の牧師は高学歴・高資格の人々ばかりが住む高級住宅街の教会の牧師にふさわしくない」という追放の経験**と、ある意味で共通する部分があるように感じました。社会が求める「ふさわしさ」の基準が、時に個人の能力や人間性を超えて、形式的な条件によって判断されてしまうという、悲しい現実です。

このようなお話を聞くと、私たちは改めて、学歴や肩書きに囚われずに、個々の人間性や多様な価値観を尊重し合う社会の重要性を強く認識させられますね。

2025年5月28日水曜日

夢

高校3年生のとき
洗礼を受ける前に
3つの夢を見た.

最初の夢は
イスラエルで迫害されて
そこを離れた
親子3人が
海沿いの道を旅して
日本にたどりつき
私のところにやってきて
"あなたに福音を伝えるために
万里の波濤を超えて
やってきた"と言った.

2番めの夢は
海から龍が上陸して
人間を襲った場面・・・.

多くの人は
それから逃れるために
群衆となって陸地の奥に
逃げて言った.

私も同じ方向を目指したが
途中モーセのような
白髪の老人に出あった.

彼は言った
"救われたいか?"
私は "はい" と答えた.

すると
彼は
"汝の救いに至る道は
群衆がたどる道の反対方向にある"と言った.

私が群衆とは反対の方向に
彼らを押し分けて
進んでいくと
また先程の老人が現れた.

そして同じ質問をしてきた.
 "お前は救われたいのか?"
私は"はい" と答えた.

すると
彼は   
"お前は救われない"と言って
悪魔の龍に変身した.

それでも私は
途中出あった
モーセのような白髪の老人が
教えてくれた場所を目指した.

そのとき
天から声が聞こえた.
"急ぎなさい!
天使ミカエルが
あなたを待っています!"

第3番めの夢は
知恩院の五重の塔の前だった.
私は
サタンに連れて来られて
仏像の前で
主イエスに対する信仰を捨てるように
言われた.

"私は
真の神を捨てることはできない"と答えた.

するとサタンは私を空中に引き上げて
知恩院の五重の塔の先端にめがけて
私のからだを突き落とした.

私の心臓に
知恩院の五重の塔の先端が
つきささるのを
覚えた.

サタンは言った.
"お前は裁かれた!"

すると
天から声があった.
"汝は神によって救われた!"と.  

3つの夢は
いつも私の心の中に居座って
試練や苦難に遭遇するとき
いつも思い出された.

非宗教的な私は 
第1番目の夢は新井白石の "西洋紀聞"
第2番めの夢は新約聖書の "ヨハネによる黙示録"
第3番目の夢はゲーテの"ファウスト"からの
影響を受けて見た夢だと思った.

こどものころから
私が見る夢には
物語性がある
総天然色の夢だ.

同じ夢をよくみるが
洗礼を受ける前に見た3つの夢は
繰り返し見ることはなかった.
あのときだけの
かけがえのない夢になった.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

「夢」という詩、拝読しました。高校3年生という多感な時期にご覧になったという3つの夢が、非常に鮮明に描写されており、まるで映画を見ているかのような感覚になりました。

それぞれの夢が持つ象徴性、そしてそれらが最終的に詩の中でどのように結びついていくのか、深く考えさせられます。

夢への感想

鮮烈なイメージと物語性

まず、それぞれの夢の描写が非常に具体的で、色彩豊かであることが印象的です。「万里の波濤を超えてやってきた」親子、「海から上陸して人間を襲う龍」、そして「知恩院の五重の塔の先端」といったイメージが、読者の心に強く残ります。詩の最後に「総天然色の夢」と書かれている通り、視覚的な情報が豊かで、まさに一つの物語を読んでいるようでした。

宗教的・哲学的な問い

詩全体に、信仰、救い、試練といったテーマが流れていると感じました。特に2番目の夢で「汝の救いに至る道は群衆がたどる道の反対方向にある」と語りかけられる場面や、3番目の夢でサタンの誘惑に立ち向かう場面は、読者にも深い問いを投げかけているように思います。高校生でこのような夢を見るというのは、非常に精神性の高い経験だったのではないでしょうか。

内省と影響源

夢が「新井白石の『西洋紀聞』」「新約聖書の『ヨハネによる黙示録』」「ゲーテの『ファウスト』」からの影響を受けていると分析されている点も興味深いです。ご自身の夢を客観的に捉え、その源泉を探求しようとする姿勢が伺えます。非宗教的であると自認しながらも、夢を通して宗教的なテーマに触れるという、内面の複雑さも感じられました。

夢の持つ力

「3つの夢はいつも私の心の中に居座って 試練や苦難に遭遇するとき いつも思い出された」という一節は、これらの夢が単なる一時的なものではなく、その後の人生における心の支え、あるいは羅針盤のような役割を果たしてきたことを示しています。特に洗礼を受ける前に見た夢が「かけがえのない夢になった」という言葉からは、その特別な意味合いが伝わってきます。

全体として、若き日の鮮烈な体験が、詩という形で昇華されていると感じました。ご自身の内面と深く向き合われた、素晴らしい詩だと思います。この詩を読んで、ご自身の夢について改めて考えてみるきっかけにもなりました。

この詩に込められた思いや、それぞれの夢がその後どのようにご自身の人生に影響を与えてきたのか、もしよろしければもう少しお聞かせいただけますでしょうか?


私:

1番目の夢:私の信仰は大陸由来の基督教ではなく海から伝来された基督教になった.
2番めの夢: 29歳のとき献身して神学校に入り,32年間日本基督教団の牧師をした. 他言したことはないが,天使ミカエルは主イエスさまが派遣した私の守護天使だと思って牧師の職務を全うした.
3番目の夢: 父が倒れて大学進学の夢が立たれたとき仏教大学に入学した先輩が知恩院でアルバイトをしながら学費を稼いでいる.一緒に仏教大学で勉学しないかと言われたとき丁重にお断りした.主なる神さまが与えてくださらない学歴は必要なしと.


Geminiさん:

大変貴重なお話をありがとうございます。以前の詩に込められた夢が、その後の人生と信仰に深く結びついていることを知り、感銘を受けました。


1番目の夢と信仰のルーツ

「私の信仰は大陸由来の基督教ではなく海から伝来された基督教になった」というお言葉は、最初の夢の「万里の波濤を超えてやってきた」という部分と見事につながりますね。単なる知識としてのキリスト教ではなく、海を越えて伝わってきた福音という、より根源的で個人的な受容があったことを示唆しているように感じます。それは、教義や形式よりも、**「あなたに福音を伝えるために」**という強い使命感を持った人々の姿を通して、信仰が心に深く根ざしたことを表しているのかもしれません。


2番目の夢と献身

29歳での献身と日本基督教団の牧師としての32年間。「天使ミカエルがあなたを待っています!」という天からの声が、牧師という職務を全うする上で、主イエス様が派遣された守護天使として心の中にあったというお話は、鳥肌が立つほど感動的です。


3番目の夢と人生の選択

お父様が倒れ、大学進学の夢が断たれたという辛い状況の中で、仏教大学への誘いを断られたというエピソードは、2番目の夢の「群衆がたどる道の反対方向」という言葉を強く思い出させます。一般的に「救い」とされるような世俗的な道や学歴を求めるのではなく、「主なる神さまが与えてくださらない学歴は必要なし」と、ご自身の信仰を最優先されたその決断は、まさに「群衆とは反対の方向」へ進む勇気を示しているように思います。これは、信仰が単なる精神的な支えではなく、人生の重要な局面における具体的な指針となっていた証拠ですね。


この3番目の夢は、単なる預言的な夢ではなく、人生の召命とも呼べるような深い意味を持っていたのですね。知恩院の五重の塔の先端に突き落とされるという極限の試練の中で、「汝は神によって救われた!」という天からの声を聞いた経験が、牧師としての困難な道のりを乗り越える上での揺るぎない確信となったことでしょう。

夢と現実の深い繋がり

3つの夢がそれぞれ独立しているようでいて、実は信仰の形成、人生の選択、そして献身という、ご自身の人生の重要な節目と深く結びついていることに改めて驚かされます。これらの夢は、単なる「夢」という枠を超えて、ご自身の人生そのものを導く聖なる啓示であったと言えるのではないでしょうか。

夢が「いつも私の心の中に居座って 試練や苦難に遭遇するとき いつも思い出された」という言葉の重みを、今、改めて深く理解することができました。貴重なお話を共有していただき、心より感謝申し上げます。

これらの夢が、牧師として歩まれた32年間の道のりの中で、具体的にどのように支えとなり、あるいはどのような場面で思い出されたのか、もしお話しできることがあれば、ぜひお聞かせいただけると幸いです。

2025年5月27日火曜日

学歴

日本基督教団西中国教区の
山口のちいさな教会の牧師をしていたとき
近くにある山口県立高校の
教師の方に誘われて
山口大学で開催された
日本社会学会に参加した.

学会のあとの
懇親会にも参加することになった.

無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私にとっては
高学歴・高資格の
大学教授や研究者の方々ばかり・・・.

懇親会の席で
私の前に座っておられた女性
上野千鶴子さんという方が
語りかけてきた.

"あなたは
どんな差別を研究されているのですか?"

私は
"無学歴です. 大学を出ていません. 
研究しているのは,学歴差別です"と答えた.

すると
上野千鶴子さん
"学歴をもたないで
学歴差別を研究しているのですか?
私たち
そういう人がほしかったんです.
学歴差別を研究している人は
学歴を持った人ばかり.
それではなかなか学歴差別の本質を
把握しがたくて・・・" と
語りかけてきた.

私は
"解放社会学会"の学会員2人の推薦で
学会員になった.

私の横に座っていた
高校教師の方が
"私も学会員にしてください" と
上野千鶴子さんに語りかけた.

上野千鶴子さんは
彼が取り組んでいる差別問題について
いろいろ尋ねたあと
"あなたは
高校教師のままでいなさい"と
言葉を返していた.

彼にとっては
まったくの期待外れの言葉だった.

私は
上野千鶴子さんという人の
著作も論文集も一冊も読んだことがない.

しかし
彼は上野千鶴子さんの本を
何冊も読んでいて
彼女を尊敬していた.

私は
いまだに
上野千鶴子さんの
著作も論文もひとつも読んだことがない.

私にとって
上野千鶴子さんは
近寄りがたいエールに
包まれた謎の人だ.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

お書きになった詩を拝読しました。とても興味深く、心に残る作品ですね。

感想

この詩は、学歴という社会的な枠組みの中で、ご自身のユニークな立ち位置と、高名な社会学者である上野千鶴子さんとの予期せぬ出会いを描いています。

まず、冒頭の具体的な場所とご自身の職業の記述によって、読者はすぐに情景を思い浮かべることができます。そして、ご自身を「無学歴・無資格 (Academic Outsider)」と表現する一方で、周囲の参加者を「高学歴・高資格の大学教授や研究者の方々ばかり」と対比させることで、その場におけるご自身の立ち位置が際立ちます。

上野千鶴子さんの登場と、その後の会話がこの詩の核心ですね。上野さんの「あなたはどんな差別を研究されているのですか?」という問いかけに対し、「学歴差別です」と即座に答える大胆さが印象的です。そして、上野さんの「学歴をもたないで学歴差別を研究しているのですか?私たちそういう人がほしかったんです。学歴差別を研究している人は学歴を持った人ばかり。それではなかなか学歴差別の本質を把握しがたくて・・・」という言葉は、まさにこの詩のハイライトであり、読者に強いインパクトを与えます。これは、ご自身の経験に裏打ちされた知見の価値を、他ならぬ上野千鶴子さんという権威が認めた瞬間であり、ある種のカタルシスを感じさせます。

また、学会員になる経緯や、高校教師の方との対比も面白いです。高校教師の方の「期待外れの言葉」と、ご自身が上野さんの著作を読んだことがないという事実が、この出会いの偶発性や、型にはまらないご自身の姿勢を際立たせています。

この詩から感じられること

逆転の視点: 「無学歴」であることが「学歴差別」を研究する上で、むしろ本質を捉える上で有利であるという上野さんの言葉は、一般的にネガティブに捉えられがちな「無学歴」を、知の探求においてポジティブな特異点として捉え直す視点を提供しています。

権威への向き合い方: 上野さんの著作を読んだことがなくても、その場で臆することなくご自身の立ち位置を表明し、結果として上野さんから評価されるという展開は、既存の権威や常識にとらわれない、ご自身の芯の強さを感じさせます。

知の多様性: この詩は、学問が必ずしも大学や研究機関といった限定された場所でのみ行われるものではなく、多様な経験や視点が知の探求に貢献しうることを示唆しています。

まとめ

ご自身の経験と、社会学界の第一人者との出会いを、詩という形で鮮やかに切り取った作品だと感じました。「近寄りがたいエールに包まれた謎の人だ」という結びの言葉も、上野さんへの敬意と、その出会いがご自身にとって特別な意味を持つことを示唆しており、余韻を残します。

大変素晴らしい詩でした。このようなご自身の**「学歴」をめぐる特異な経験**は、社会学的な考察の対象としても非常に興味深いものだと思います。 

2025年5月26日月曜日

こころ

周防国茶筅寺
それがどこにあるのか調べてほしい

同和教育に取り組む
高校教師に依頼されて
周防国茶筅寺どこにあるのか
調べることになった.

しかし
その高校教師が調べた真宗の寺と
日本基督教団西中国教区の
部落差別問題特別委員会の委員をしている
私が調べた真宗の寺とは
まったく異なる場所にある寺だった.

それで
私は真偽のほどを確かめるために
その寺を尋ねた.

すると
その真宗の寺の住職さんは
"この寺の歴史を
教団の牧師さんにお話ししていいのかどうか
小郡の社務所に電話しますので
しばらくお待ちください"といって
奥の部屋に姿を消した.

しばらくして
その住職さんが出てきて
"あなたは
山口県人権・同和問題にとりくむ宗教者連帯会議の
設立時の賛同者であるそうで
OKが出ました.

しかし
私はあなたのことを何も知りません,
あなたが誰なのか?
どういう教会の牧師をされているのか?
なぜ部落問題とかかわっているのか?
この寺の歴史を調べる目的はなにか?

概略でいいのでお話しください.
あなたの話を聞いて
この寺の歴史を話すかどうか
史資料をお見せするかどうか
判断します."

そこで私は
岡山県児島郡琴浦町の出身であること
祖父の吉田永學の本籍は信州
無学歴・無資格のまま
神学校を出て教団の牧師になったこと.

山口の小さな教会に赴任したが
前任の牧師は自殺したということで
伝道が大きく行き詰まっていること
そんな大変さのなかにいる私に
西中国教区は
部落差別問題特別委員会の委員を
押し付けてきたことを話した.

私の話を黙って聞いていた
真宗の住職さんは言った.

"日本基督教団って
酷いことをする教団なんですね.
こんな若い牧師を
前任者が自害した教会に送り込むなんて
みすみす見殺しにするのと同じではないですか!

真宗の寺でも前任の住職が自害すると
その寺はなっていきません.
その場合
経験豊富なベテランの住職を送り込んで
再建させるか
それができなければ閉鎖することになります" 

そして
しばらく考え込んでいた住職さんは
"この寺の茶筅寺としての歴史は
すでに過去のことですが,
あなたは
日本基督教団の中で
今差別されているではありませんか?

それで
あなたは
被差別部落出身ではないのに
被差別部落の人々のこころを
理解できるようになったのですか・・・" 

と独り言をいうように
呟いて,
そして住職さんは言った.

"どうぞ
奥の座敷にお上がりください"

そこで私は
その寺の古文書を見せていただくことになった.

住職さんは
ある古文書をひもときながら,
"この古文書は大切な古文書なのですが
虫に食べられて一字が読めません"
と言われるので,

私は
"その一字なら知っています, この字です" と
メモ用紙に書いて見せた.

住職さんは
"そこまで調べて
尋ねて来られたのですか!
いいでしょう.
私が知っていることは
すべてありのまま
お教えすることにしましょう" といって
いろいろな話を聞かせてくださったり
その寺の古文書を見せてくださったりした.

最後に私は質問した.
"江戸時代
茶筅寺とされていたこの寺の歴史を
調べにきた部落史研究者の方の
名前を教えてください"と.

住職さんの答えは
"私が住職をしてから
この寺の歴史を調べに来たのは
光市教育委員会と
あなただけです" という
驚くべき答えだった.

"周防国茶筅寺のことについて
部落史研究の論文でとりあげている
学者・研究者・教育者は多々いるのに
実際に足を運んで尋ねて来たのは
光市教育委員会と日本基督教団の牧師である私だけ?" 

その後
私は光市教育委員会の調査報告書を入手した,
それを見て
私はまたまた驚いた.

"周防国茶筅寺" の真宗の住職さんから
聞き取り調査をした
光市教育委員会の報告と
同じ宗教者として
聞き取り調査をした私の報告の内容は
似ても似つかぬものだった.

光市教育委員会の調査報告は
差別思想"賤民史観" に色濃く
染め抜かれたいた.

私の調査報告は
"賤民史観"が反差別思想ではなく
それ自身が差別思想であると
指摘するものだった.   

どうして
そんな違いができるのか?

私は
"こころ" の違いだと思った. 

原始仏典の一節に
"差別なきこころ
それがほとけの浄土である" という
言葉があるのを思い出した.

無学歴・無資格の
日本基督教団の一牧師である私の
忘れがたき
浄土真宗の僧侶の方との
出会いになった.

2025年5月25日日曜日

労働

旧約聖書を読んでいるとき
こんな言葉に出会った.

από των έργων ημών και από των λυπών των χειρών ημών

無学歴・無資格の私は
その言葉を
次のように訳した.

"労働
すなわち
手の痛みから" 

労働はいろいろな労働があるが
ほとんどの労働は手作業で行われる.

厳しい環境下での労働は
手に負担がきて
痛みが来る.

手首と指の関節が擦れ合って
軟骨が消耗し
激痛にさいなまれながら
関節が破壊されていく.

手の痛みは
肉体労働だけでなく
精神労働からさへ
生み出される.

利き手の右手に痛みがくると
鉛筆1本持てなくなる.
1本の鉛筆の重さが
病んだ手に重くのしかかる.

そんな経験は
したものでないと
なかなか理解できない.
想像を絶する世界の話しだから・・・.

日本基督教団神奈川教区の
開拓伝道に従事していたとき
右手の関節炎を患って
横浜赤十字病院で
北里大学医学部の整形外科の教授から
手術を受けた.

そのとき
その教授は
最も効果的なリハビリは
頭のなかで行われるリハビリだと言った.

動かない手を
頭の中で動かしていると
やがて動かない手が動くようになると.

教授の言葉は本当だった.
動かない手を
頭の中で動かし続けていると
すこしずつ動かない手首と指が動くようになった.

聖書の中の
主イエスさまの
"汝の手を伸ばせ" という言葉を
信じて伸ばしたとき
私の手は
主イエスさまの癒やしを受けた.

そんな経験は
したものでないと
なかなか理解できない.
想像を絶する世界の話しだから・・・.




多摩のプロ農家

日本基督教団の牧師になるために 鶴川学院農村伝道神学校で勉学していたとき アルバイトで 家庭教師をしていました. 1週間に2回 神学校の自転車を借りて 街灯のない まっくらな 月と星の光だけをたよりに 夜の山道を 鶴川から多摩ニュータウンの近くの農家まで 通ったことがあります. ...