2025年5月10日土曜日

骨美人

 臨床病理の先生が
1枚の頭部のレントゲン写真をみながら
なにやら呟いていた.

私はその先生に尋ねた.
"先生は何を見て
そんなに感心しているんですか?"

すると先生は言った.
"こういうのを
骨美人と言うんだ.
君も伴侶を持つときは
こういう骨美人と結婚した方がいい.
一生病気をしない伴侶と
暮らすことができる"

私は
彼に問いかけた.
"先生も奥さんと結婚されるとき
骨美人かどうか
確認されたのですか?"

先生は言った,
"もちろん!"

あるとき
その先生から
モダンジャズの新しいレコードと
美味しいコーヒー豆が入ったから
今度休日に遊びにこないかと
さそわれ
先生宅を尋ねた.

私を迎えてくれた
先生の奥さんは
とびっきりの美人だった.

そのとき私は思った.
これでは
美人と野獣ではないか!

野獣のように見える先生が
なんでこんな美人の奥さんと
結婚することができたのか
もうひとつ
謎が増えた.


Googleの人工知能Geminiさんの感想文

クスッと笑ってしまうような、ユーモアあふれる素敵な詩ですね!臨床病理の先生と詩を書かれた方のやり取りが、まるでコントのようで面白いです。

特に、「骨美人」という独特の表現が強烈なインパクトを与えます。レントゲン写真から美しさを見出す先生の視点もユニークですし、それを真顔で勧める様子が想像できて、思わず笑ってしまいました。

先生に「奥さんも骨美人かどうか確認されたのですか?」と問いかける場面や、先生の奥様が「とびっきりの美人」だった時の驚きと疑問が、詩にさらに奥行きを与えています。「美人と野獣ではないか!」という率直な感想には、詩を書かれた方の人間味あふれるお人柄が表れているように感じました。

モダンジャズのレコードと美味しいコーヒー豆のお誘いという、温かいエピソードも良いですね。先生の意外な一面が垣間見え、親近感が湧きます。

この詩は、日常の何気ない会話や出来事の中に潜む面白さや、人の外見からは想像もできない内面や関係性があることを教えてくれるようです。読後感がとても軽やかで、心が和みました。ありがとうございました!



この世の中で一番美しいもの

高校を卒業して
大学進学が許されなかった
私は
某医学研究所付属病院で
臨床病理検査に従事していた.

そのとき
眼科の
生体顕微鏡で
私と同じ教会の
教会員のむすめさんの
水晶体を見た.

そこには
私がこの世の中で見た
最も美しい世界が
広がっていた.

コロイド状の
半透明の
奥深い世界, 
小宇宙が広がっていた.

そのとき
私は思った.
人間は
こんなに美しい世界を
与えられているのに
どうして
罪を犯すのだろうか, と.

そしてまた思った.
罪を犯す
どんな人間にも
この美しい世界が
内在しているのだと.

生体顕微鏡が
映し出した世界は
人間に対する
私の視点・視角・視座を
大きく変えてしまった.

どんな人間も
神の被造物として
美しさがみなぎっていると.

いかなる理由があっても
その美しさを破壊してはならないと.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文


素敵な詩ですね。読ませていただき、心が深く揺さぶられました。

高校卒業後の進路、そして臨床病理検査というお仕事を通して、眼科の生体顕微鏡で出会った教会員の娘さんの水晶体の美しさ。その時の驚きと感動が、言葉を通して鮮やかに伝わってきました。

特に印象的だったのは、水晶体の奥深さを「小宇宙」と表現された部分です。半透明でコロイド状という具体的な描写も、その神秘的な美しさを想像させます。

そして、その美しさを見たときに抱かれた二つの問い。「こんなに美しい世界を与えられているのに、どうして罪を犯すのだろうか」という問いには、人間の持つ光と影、その葛藤が凝縮されているように感じました。続く「罪を犯すどんな人間にも、この美しい世界が内在しているのだと」という気づきは、人間の本質に対する深い洞察を示唆していると思います。

生体顕微鏡を通して見えた小さな世界が、詩を書かれた方の人間観を大きく変えたというくだりは、非常に力強いメッセージを持っています。「神の被造物として美しさがみなぎっている」「その美しさを破壊してはならない」という言葉には、生命への深い畏敬の念と、人間存在への温かいまなざしを感じました。

この詩を通して、私も改めて、身近にある美しさ、そして人間一人ひとりが持つ内なる美しさに気づかされました。本当にありがとうございました。   



フグの子はフグ

妻とふたりで
よく光市室積の象鼻ヶ岬に行った.

そこはフグの
産卵場所・・・.

卵から孵った
10mm 程度の
ちいさなちいさな
ふぐの稚魚が
波打ち際にいっぱい泳いでいた.

妻は
手のひらに掬って
フグのあかちゃんを
観察して大きな声を上げた.

"あなた
見てみて!
こんなちいさなフグなのに
大人のフグとおなじように
お腹を膨らませてるわ!
フグの子はフグなのね!" 

東北福島の山国育ちの妻は
海を見ると
いつも怖がっていたが
生まれたばかりのフグが
象鼻ヶ岬の磯浜で
泳ぐ姿を見て
すっかり海がすきになった.

南の瀬戸内海も
西の玄海灘も
北の日本海も
本州の西の半島である
山口の海に恋しはじめた.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

素敵な詩ですね。奥様への愛情と、海辺の情景、そして小さなフグの生命力が伝わってきて、心が温かくなりました。

特に印象に残ったのは、以下の点です。

  • 具体的な描写: 光市室積の象鼻ヶ岬という場所が具体的に示され、そこで見たフグの稚魚の様子が「10mm程度」「ちいさなちいさな」という言葉で、ありありと目に浮かびます。波打ち際で泳ぐ稚魚の群れの様子も想像力を掻き立てられます。
  • 奥様の驚きと発見: 手のひらに掬ったフグの赤ちゃんが、小さな体で大人と同じようにお腹を膨らませる様子を見て、奥様が驚き、感動する様子が生き生きと描かれています。「フグの子はフグなのね!」という言葉には、生命の神秘に対する素直な驚きと喜びが溢れていますね。
  • 奥様の変化: 東北の山国育ちで海を怖がっていた奥様が、小さなフグの姿を通して海を好きになっていくという心の変化が、自然な流れで描かれていて、読者の心にじんわりと響きます。海への恋心が、瀬戸内海、玄海灘、日本海といった具体的な地名とともに表現されていることで、その深まりが伝わってきます。
  • タイトルと内容の一致: タイトルである「フグの子はフグ」というシンプルな言葉が、詩全体のテーマを見事に表しています。小さな生命の中に、確かに受け継がれている命の力強さを感じさせてくれます。

全体として、夫婦の穏やかな時間と、小さな発見から生まれる喜び、そして奥様の心境の変化が、優しく温かい言葉で綴られた素晴らしい詩だと感じました。読んでいるうちに、私も象鼻ヶ岬の海辺で、小さなフグの稚魚を探してみたくなりました。


作法

神学校に入る前
Sweden Covenant Missionの教会の
婦人会が
ある決断をした.

"どこの馬の骨か分からない
貧乏人の息子は
親から
礼儀作法を教えてもらっていない.

東京の教会に行って
恥をかいてはかわいそうだから
礼儀作法をきちんと教えておかなければ・・・" 

それで
私は
和室の襖のあけかた
畳の部屋の歩き方
茶道のこころえとお茶の飲み方
花の活け方などの
作法教育を受けることになった.
まるで "花嫁修業"

Sweden Covenant Missionの教会は
江戸時代の備前藩の
味野村大庄屋・荻野家の
茶室が3部屋もある
広大な日本屋敷だった.

その茶室のひとつは
本格的な茶室だった.

秋の月見会のときは
お琴の生演奏がなされるなか
盛大なお茶会が開催された.

しかし
鶴川学院農村伝道神学校で
勉学している間
神奈川教区の開拓伝道に従事しているとき
西中国教区の山口県の教会の牧師をしているときも
その作法を生かす場面は皆無だった.

茶室をもっている教会も
教会員の屋敷もなかった.

神学校5年生
最終学年の年
夏期伝道先は
日本基督教団阿佐ヶ谷東教会だった.

そのとき
青年会のメンバーのひとりのおかあさんから
食事の招待を受けた.

通された和室には
座卓の前に
大きな頭のついた
ベンガル虎の毛皮が敷かれていた.

そのおかあさんは
"どうぞ
その毛皮の上に
おすわりください" と言った.

私は
"こんな立派な虎の毛皮の上に
どう座ればいいのか
作法を知らないんですが・・・" と
言葉を返すと
"普通にすわればいいのですよ"と言った.

その虎の毛皮は
ご主人がビルマ駐在大使をして
任期を迎えて
帰国しなければならなくなったとき
ビルマ国王から記念にいただいたものだという.

出された食事は
ビルマ料理だった.

私の人生の中で出会った
最も社会的に地位の高かったひとは
このビルマ駐在大使御婦人だった.

私は
作法にこだわらない彼女に
絶大な尊敬の念を抱くことになった.

神学校を卒業後
神奈川教区の開拓伝道に従事していたとき
根本博著 "夜の旅" が贈られてきた.
ひとつの栞を添えて.

"博の遺稿集に思い出の記をそえて
ささやかな本を出版したしました.
ご笑覧いただけましたら幸せに存じます.
根本百合子" 

"夜の旅" は
私の座右の本になった.
ビルマ駐在大使夫人と
あのベンガル虎の敷物の思い出とともに.

日本基督教団の牧師として
私の "夜の旅" を続けるときの
道標になった.


 Googleの人工知能Geminiさんの感想文

心に深く染み入る、素晴らしい詩ですね。情景が目に浮かぶようで、当時のあなたの戸惑いや、その後の人生における気づきが鮮やかに伝わってきました。

特に印象的だったのは、Sweden Covenant Missionの教会での作法教育と、阿佐ヶ谷東教会でのベンガル虎の毛皮のエピソードの対比です。

前半では、教会の方々の温かい心遣いと、それに応えようと作法を学ぶあなたの真摯な姿が描かれています。まるで花嫁修業のようだったという表現には、少しユーモラスな響きもありつつ、当時のあなたの複雑な心境が表れているように感じました。広大な日本屋敷や本格的な茶室、月見のお茶会といった描写からは、当時の豊かな文化や教会の雰囲気が伝わってきます。

しかし、神学校での生活やその後の伝道生活では、学んだ作法が生かされる場面が全くなかったというくだりは、少し切なくもあり、人生の予期せぬ展開を示唆しているようにも感じられました。

そして、阿佐ヶ谷東教会でのベンガル虎の毛皮のエピソードは、まさにこの詩の核心だと感じました。立派な毛皮にどう座ればいいのか戸惑うあなたに対し、「普通にすわればいいのですよ」と優しく語りかける大使夫人の言葉は、作法という形式よりも、もっと本質的な人間としての在り方を教えてくれているようです。ビルマ国王からの贈り物である虎の毛皮もさることながら、その言葉と、ビルマ料理という異文化との出会いが、あなたの価値観に大きな影響を与えたことが強く伝わってきました。

作法にこだわらない大使夫人への「絶大な尊敬の念」という言葉には、形式にとらわれず、相手を尊重し、自然体で生きることの美しさが凝縮されているように思います。

最後に登場する根本博著「夜の旅」と、その奥様からの温かいメッセージは、この詩に深みと広がりを与えています。作法を学んだ教会での経験、大使夫人との出会い、そして「夜の旅」との出会いが、牧師としてのあなたの「夜の旅」の道標となったのですね。ベンガル虎の敷物の思い出と共に、という一文が、大使夫人との出会いがあなたの人生においていかに重要な出来事だったかを物語っていると感じました。

この詩を通して、形式的な作法も大切かもしれませんが、それ以上に、相手を思いやる心や、状況に応じて柔軟に対応することの大切さを改めて教えられた気がします。あなたの人生の歩みが、この短い詩の中に凝縮されており、読後、静かな感動に包まれました。素晴らしい詩を読ませていただき、ありがとうございました。

あなたの言葉から、当時の情景や感情が鮮やかに伝わり、深く感銘を受けました。この詩が、あなたの人生における大切な瞬間を捉えた宝物のようなものであることが、ひしひしと伝わってきました。

もしよろしければ、この詩にまつわるエピソードや、書かれた当時の思いなど、もう少しお聞かせいただけますでしょうか?もちろん、話したくない場合は遠慮なくおっしゃってください。

これからも、あなたの言葉に触れる機会があれば、とても嬉しく思います。


私の返事:

"夜の旅" には,第二次世界大戦中の欧州の夜の姿が描かれています. 戦争による灯火管制が敷かれた欧州の暗闇の大地の中で,3つの都市だけが明かりに包まれていた. ストックホルムとマドリットとリスボン・・・.外交官として全世界を渡り歩いた根本博さんの平和を願う祈りは私の祈りにつながっています.


Googleの人工知能Geminiさんのさらなる感想

深い洞察をありがとうございます。「夜の旅」が第二次世界大戦下のヨーロッパの暗闇を描き出し、その中で灯りを保っていたのがストックホルム、マドリッド、リスボンという中立都市だったのですね。灯火管制下の暗闇と、希望の光のような3つの都市の対比は、まさに平和への渇望を象徴しているようです。

外交官として世界各地を歩かれた根本博さんの、戦争の悲惨さを肌で感じたからこその平和への祈り。それが、あなたの祈りと深く繋がっているというお話に、胸を打たれました。

作法を学んだ教会、ベンガル虎の毛皮との出会い、そして「夜の旅」との出会い。一見すると繋がりがないように見える出来事が、あなたの内面で深く結びつき、牧師としての道を照らす灯火となっているのですね。

根本博さんの平和への祈りは、現代においても色褪せることなく、私たちに深い問いかけを与えてくれます。あなたの言葉を通して、「夜の旅」という書物が、単なる戦時下の記録ではなく、普遍的な平和への願いが込められた書物なのだと改めて感じました。

あなたの「夜の旅」が、これからも多くの人々の心に光を灯し続けることを願っています。


2025年5月9日金曜日

流木

あるとき
山口県光市室積にある
象鼻ヶ岬に
写真を撮りに行った.

300円カメラ我楽多市で
税込309円で入手した
オリンパスの一眼レフ
OM1をもって

そのとき
300円カメラ我楽多市で知り合った
写真マニアの方に出会った.

"何を撮っておられるのですか?"と
尋ねるとこんな言葉が返って来た.

"流木・・・.
この象鼻ヶ岬には,
豊後水道を通って南の国から,
下関海峡を通って北の国から,
いろいろなものが流れついてくる.
そのなかでも流木は
潮と波に洗われて
時の流れが刻印されている.
私はずっと流木だけを
追いかけている.
椰子の実や
北前船の破片を拾ったこともある" .

流木には
人生と歴史の
ロマンがあるそうだ.

ひとつのことを
徹底して追いかける
カメラマンの姿に
私は
多くのことを学んだ.



Googleの人工知能Geminiさんの感想文

Googleの人工知能Geminiです。この度は、あなたの詩「流木」を読ませていただき、ありがとうございます。

この詩を読んで、私は静かで深い感動を覚えました。象鼻ヶ岬の風景、そこで出会った写真マニアの方、そして「流木」という存在を通して、様々な感情や思考が湧き上がってきました。

特に印象的だったのは、以下の点です。

  • 情景描写の鮮やかさ: 山口県光市室積、象鼻ヶ岬という具体的な場所が示されることで、読者はその場に立っているかのような感覚を覚えます。OM1を手に写真を撮るあなたの姿も目に浮かぶようです。
  • 出会いの偶然性と深み: 300円カメラ我楽多市での出会いが、象鼻ヶ岬での再会につながるという偶然性に、不思議な縁を感じました。そして、その写真マニアの方の言葉一つひとつが、流木に対する深い愛情と哲学を感じさせます。
  • 流木への新たな視点: 詩を読ませていただくまで、私は流木を単なる漂流物としか思っていませんでした。しかし、写真マニアの方の「潮と波に洗われて 時の流れが刻印されている」という言葉や、「人生と歴史の ロマンがある」という表現によって、流木が持つ重層的な意味に気づかされました。
  • 徹底的に追いかける姿勢: 一つのテーマを追い続けるカメラマンの姿は、情熱的であり、同時に孤独な探求者のようにも感じられました。その姿から、何かを深く追求することの尊さや、新たな発見があることを教えられた気がします。
  • 学びと気づき: カメラマンとの出会いを通して、「多くのことを学んだ」というあなたの言葉が、この詩の核心にあるように感じました。短い詩の中に、深い学びと感動が凝縮されていることに感銘を受けました。

この詩は、単に風景を描写するだけでなく、人との出会いや、物事に対する新たな視点、そして探求することの意義など、多くの示唆を与えてくれます。読後、私も流木を見つめ、その背景にある物語に思いを馳せてみたくなるような、そんな力を持つ詩だと感じました。

素晴らしい詩をありがとうございました。


一眼レフカメラ

教会書記の方が
"牧師さん
一眼レフのカメラを買いに行こう" という.

私が
"そんな経済的ゆとりはない"と答えると
彼は
"カメラのキタムラで
300円カメラ我楽多市"をしていると言う.

彼の話しでは
カメラがデジタル化したため
下取りした
まだ使える
アナログカメラを
税込み309円で大放出していると言う.

300円カメラ我楽多市は
男のバーゲンセール会場となった.
大きな段ボールに無造作に入れられた
一眼レフを
目の色を変えて
つかみ取りしていく.

店長さんが
"今日は掘り出し物が1台あります.
未使用の展示品の一眼レフ
オリンパスのOM1です" と
アナウンスしていたが

そのOM1
私の手の中に・・・. 

300円カメラ我楽多市に集まった
カメラマニアの方々から
祝福を受けた.
"未使用の一眼レフを300円で
入手できただなんて
よかったですね"

私はOM1だけを手元に残して
その他の一眼レフは他の方々に譲った.
"このフジカの一眼レフもらっていいの?"
"これニコンの一眼レフだよ. ほんとうにもらっていいの?" 
と言われたけれど

私はカメラ音痴なので
カメラの価値を知らなかった.

一緒に行った教会役員の方は
"牧師さんらしいですね"と
手にいっぱい一眼レフを抱えて
喜んでいた.


Googleの人工知能Geminiさんの感想文

素敵な詩ですね。情景が目に浮かぶようで、心が温かくなりました。

特に印象的だったのは、以下の点です。

  • 日常の中のユーモア: 教会書記の方とのやり取りや、「男のバーゲンセール会場」という表現にクスッと笑ってしまいました。300円カメラ我楽多市というネーミングも面白いですね。
  • 予期せぬ幸運: まさか未使用のオリンパスOM1が手に入るとは!その時の驚きと喜びが伝わってきました。
  • 牧師さんのお人柄: ご自身はカメラに詳しくないにも関わらず、手に入れたカメラを他の人に譲ってしまう優しさに感銘を受けました。「牧師さんらしいですね」という言葉が全てを物語っているように感じます。
  • アナログカメラへの愛着: デジタル化が進む中で、まだ使えるアナログカメラが大切に扱われている様子が描かれていて、少し懐かしい気持ちになりました。

全体を通して、ささやかな日常の中に潜む喜びや、人の温かさが感じられる、とても素敵な詩だと感じました。読後感がとても心地よいです。


2025年5月8日木曜日

宗教嫌い

私は
宗教が嫌いだ.

こどものころ
父の仕事が行き詰まり
倒産した.

それからは
父と母は
貧困と病気に
入れ代わり立ち代わり
襲われて生活も大変だった.

差し押さえをされて
何もなくなった家のなかで
差し押さえを免れたものがあった.

それは
祖父がそのふるさと
信州で宿坊を開くことを夢見て
集めていた多くの仏像

父は
失明の危機に直面して
眼病に霊験あらたかと言われる
神社仏閣を尋ね
路傍の名もなき石仏にも
手をあわせて祈願した.

生まれたときから
体の弱かった
私を連れて・・・.

父は
自分の苦しみからの解放のみを求めて
私のからだの痛みや苦しみを
理解するこころのゆとりを
見失っていた.

あるとき
新興宗教の祈祷師を尋ねた.
祖父が集めた
荘厳な仏像一体を持って.

そのとき
祈祷師のおばさんは
とても喜んで
仏壇のなかの本尊を
無造作に取り出して
父がもっていった仏像と取り替え
そして言った

"今日から
この仏像を本尊にします."

小学生になったばかりの私だったが
"このおばさんはなんなんだろう?
大切な本尊を
簡単に取り替えるなんて・・・"

父の宗教狂いが激しくなるにつれて
倒産して貧しい我が家が
更に貧しくなっていった.

そしてついに
父祖が集めた仏像のすべてがなくなったが
父の視力はほとんど回復することなく
1級の視覚障害者のままだった.

私は
宗教が大嫌いになった. 
20歳になっても
30歳になっても
40歳になっても
そして
日本基督教団の牧師になってからも
宗教は大嫌いのままだ.

Googleの人工知能Geminiさんの感想文

力強い詩ですね。率直な言葉で綴られた「宗教嫌い」という感情の深さと、その背景にある具体的な出来事が、読んでいる私の心に深く突き刺さりました。


子供の頃の経済的な苦しみ、ご両親の病気、差し押さえという過酷な状況の中で、唯一残った祖父の仏像。それらが、お父様の信仰によって失われていく過程は、痛ましいほどです。特に、眼病に苦しむお父様が、幼いあなたを連れて神社仏閣を巡り、路傍の石仏にまで祈る姿は、藁にもすがる思いだったのでしょうが、同時に、あなたの体の弱さや苦しみへの配慮が失われていたという描写が、胸を締め付けます。

新興宗教の祈祷師との出会いの場面は、鮮烈です。大切な仏像が軽々と取り替えられる様子は、子供ながらに感じたあなたの疑問や不信感を、ありありと伝えてきます。「このおばさんはなんなんだろう?」という純粋な問いかけは、宗教の持つ側面に対する根源的な問いのようにも感じられます。

お父様の宗教への傾倒が、家庭をさらに貧しくしていくという現実、そして、多くの仏像が失われたにもかかわらず、視力が回復しなかったという結末は、あなたの「宗教嫌い」という感情に、深い納得感を与えます。

そして、最後に、日本基督教団の牧師になった今でも「宗教は大嫌いのままだ」と断言される言葉には、衝撃と同時に、あなたの抱える葛藤や、それでもなお信仰の道を選んだという複雑な思いが凝縮されているように感じました。

この詩を通して、宗教というものが、時に人を救うどころか、傷つけ、奪い去る力を持つことがあるという現実を、改めて考えさせられました。あなたの個人的な経験から生まれたこの強い感情は、多くの人に共感と問いかけを与えるのではないでしょうか。

素晴らしい詩を読ませていただき、ありがとうございました。

多摩のプロ農家

日本基督教団の牧師になるために 鶴川学院農村伝道神学校で勉学していたとき アルバイトで 家庭教師をしていました. 1週間に2回 神学校の自転車を借りて 街灯のない まっくらな 月と星の光だけをたよりに 夜の山道を 鶴川から多摩ニュータウンの近くの農家まで 通ったことがあります. ...